文化面

肌に傷をつけ、そこへさまざまな色の色素で着色して描いていくタトゥー(刺青)。
今でこそファッションとして若者が軽い気持ちでタトゥーを肌に施すということが広まっていますが、以前はどうだったのでしょうか?

 

そもそもタトゥー(刺青)を施すことというのはなんと5000年も前から行われていたようで、その目的は世界各国によって本当にさまざま。
たとえば、古代の外国にあった奴隷制度の中でも、奴隷を管理するために焼印を押し付けるということが見られますが、それと同様に奴隷や個体識別のためにタトゥーをしていたということもあります。

 

また、中国では刑罰の一種として刺青をするということもあり、日本でも同様の刑罰が与えられていたこともあったそうです。

 

そして、タトゥー(刺青)に対して正直なところ嫌悪感やマイナスイメージを抱く方が多いのには、やはり暴力団関係者とのつながりを連想させることがあるからです。
と言うのも、日本の中で暴力団関係者と性的な関係にあった女性は「一般的な女性とは違う」ということをアピールするためにタトゥーを入れるという動きがありました。
日本だけでなく、中国や欧米でも暴力団・マフィアの関係者の多くがタトゥーをしていることから、タトゥー=暴力団やマフィアの関係者だといったイメージを連想させるようになったのです。

 

【参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%A5%E3%82%8C%E5%A2%A8】

 

しかし、そういったマイナスなイメージだけでなく、江戸時代などには遊郭での遊び人や火消しを行っていた方など「粋」なものとして刺青を楽しんでいたのだとか。
また、タトゥー(刺青)を入れる際にはやはり痛み・苦痛を伴いますので、それを我慢して乗り越えるということから男気をアピールするものだとも言われています。

 

こういった暴力団・マフィアなどのマイナスイメージから、江戸から現代までのファッションをイメージさせるタトゥーまでさまざまな目的がありますが、そのほかの目的・文化としては「目印」の意味もあるようです。

 

たとえば、日本だけでなく海外の漁師や船乗りの間でもタトゥー(刺青)をしていた方が多かったのだとか。
これは身元不明の死体が見つかったときに目印にするためであったり、また戦国時代の兵士が死を覚悟した際に自分の名前や住所などをタトゥーとして残しておくという目的もあったそうです。
特に戦国時代の兵士は、晒し首などといって首から上を取る行為が行われていました。ですから、誰が誰なのかまったくわからない状態になるので、タトゥーという形で自分の証を残しておく方法がとられていたと言われています。

 

このように、タトゥーはこれまで日本・海外を問わずいろいろな文化を生み出してきました。
とは言え、どんな文化を経てきたとしてもやはりマイナスイメージがあることは否めませんので、美容クリニックなどに通ってタトゥーを除去したいという方が多いのも確かです。
現代は日本国内外を問わず比較的自由な文化だとは言えますが、やはり後悔しないようにタトゥー(刺青)を楽しみたいものですね。

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